宇宙遊泳

スホさんとEXOについての独り言

カリフォルニアとスホさん

 スホさんはロサンゼルスがたいへんお好きであるようだ。SNSで情報を集めていると、長い休暇の度に、結構な頻度でロスに足を運んでいることがわかる。
 何故そんなに好きなのだろう、と考えた。

 私は実際に見たことがないのでわからないが、実際にそこに住んだことのある日本人が、カリフォルニアではいつも天気がよく、晴れた日の多くは、雲一つない快晴で、その空は見たこともないほど真っ青で驚くほど広い、と書いていたのを読んだことがある。それはもう、きれいだというだけでは済まされず、きれいという感動を通り越して、そのあまりの完璧な青さに、悲しくすらなってしまうほどだったという。日本の、雲の多く表情の豊かな空が恋しく思えたそうだ。(スホさんが生まれ育った場所の空も、アメリカの空と比べれば、日本とそれほど変わらないものだろう。)
 そのことを思い出した時、私はふだん、スホさんに、その光が一瞬であるかのような儚さ───印象派絵画を見る時のようなイメージである───を抱いてしまうけれど、スホさんの志すところは、そうではないのだと思った。彼は揺るぎない美しさに、そうでないものよりももっと心惹かれるのではないかと思った。
 たぶんスホさんは、カリフォルニアの空を見上げて、負の感情を持つことはないような気がする。一切が晴れ渡ったような、悩みなんて吹っ飛んでしまうような、爽やかな気分になるのではないか、と勝手に予想する。(彼のものの感じ方を表したこれまでのインタビューなどから考えると、それが自然であるように思う。)
 なぜ、スホさんがそういうものを、心から美しいと感じるのだろうか、と考えた。
 スホさんが、自分も含めて、人間がそんなふうに儚い生き物であることを、常に感じていると仮定する。そうだとすれば、それだからこそ、スホさんはカリフォルニアの、雲一つなく真っ青な、揺るぎなく完璧な空に、純粋に感動し、胸を打たれるのではないか。自分の住む場所にはない、開けた広大な空間と、息を呑むような壮大な景色に、惹かれるのではないか。そう思った。
 スホさんが永遠を信じる人だということも、それと関係がある気がした。きっと心の内で、永遠がないことを誰よりしっかりわかっているのだけれど、だからこそ、永遠を願うのではないだろうか。
 危ういもの、もろいものばかりの現実を、ただ単にそういうものだと感じて生きていくのでは、足元を救われそうになってしまう。
 地に足をつけてしっかりと踏みしめて歩いていくためには、簡単には届かない、むしろ、もしかしたら本当は手に入ることなどありえないかもしれないものへの理想を、胸に抱いて生きていくのが大事なのかもしれない。それが、夢だったり、希望だったり、願望であったりするのだろう。
 スホさんにとっての、そういうものの中のひとつが、カリフォルニアの空なのではないだろうか、と感じた。
 「諦める」という言葉は、スホさんにいちばん似合わない言葉だと思う。
 高い理想と確固たる信念、それらに対する熱心な気持ちと、そこへ向かおうとする自分自分に対する信頼を胸に持ち続けているからこそ、彼はあのように、強く進んでいけるのだと思う。
 そう考えると、スホさんがロサンゼルスを好きな理由のひとつが、なんとなく想像できたような気がした。
 スホさんはアメリカの話をする時に、空の話なんてしないし、前に空間としてのアメリカに関連したことを言っていたのはグランドキャニオンの話(友達と上半身裸になって岩の上を走り回ったというあの逸話)だけだったと思うし、アメリカには数え切れない魅力があるから、これが大きな理由ではないとは思うけれど、「空間としてのロサンゼルス、カリフォルニア」を思った時、私は、スホさんが、その空間、その雰囲気を丸ごと好きなのではないかな、と思った。
 屋上が好きで、開けた場所に行くのがストレス解消になると言っていたスホさんを思い浮かべた。

 ところで、スホさんとカリフォルニアの関係性を考えるにあたって、ネットでカリフォルニアの空について調べてみたところ、アルバートハモンドという人の「カリフォルニアの青い空」(1972年リリース)という歌があることを知った。
 この曲は、南カリフォルニアでは雨が降らないとよく聞くのに、来てみたら土砂降りだってあるじゃないか、そんなこと誰も教えてくれなかった、というニュアンスの歌詞が、明るくて少し懐かしい感じのウエスタン風の曲調に乗せられている。明るい期待と憧れを抱いてカリフォルニアにやってきたのに、いざ来てみると現実はうまく行かず、今も成功できないままでいる冴えないミュージシャンの気持ちを歌った歌だ。
 メロディからあまり想像のつかない、成功できない悲しさを歌ったこの歌のことを考えても、カリフォルニアの空は何か、明るすぎる青空の裏に、ある種の物悲しさのようなものを併せ持っているという感じを、人に与えるのかも知れないと思った。

 スホさんは、カリフォルニアの広大な大地と青く澄んだ空を見て、何を思うのだろうか。

 毎度のことながら、スホさんの心はぜんぜんわからない。私はたぶんスホさんについて10分の1も知らないし、スホさんは絶対に私が知らないことをとてもたくさん知っているし、スホさんの言動はかなり予想がつかない。それだけ、たくさんの可能性に溢れていて、いつも新しいものを見せてくれて、見ているだけでたくさんの発見があるのだけれど。
 私がこんなことを考えたって仕方がないことだし、たぶんなんの生産性もなく、意味の無いことかもしれない。
 でも、こうやってスホさんのことに思考を巡らすのは、楽しいことである。オタクだから。
 だから今日も、スホさんのことを考える。答えのない空想の旅は続いていく。

 スホさん、アメリカ楽しかったかな。のびのびと楽しんですっきりして充実した休暇を過ごして、幸せになれたなら、それ以上願うことはありません。