宇宙遊泳

スホさんとEXOについての独り言

スホさんのカーテン

ついに、スホさんのデビュー後初のソロ曲が、SMTown Stationから、リリースされるようだ。タイトルは「Curtain」。
しかも、スホさんが終点。ああ、なんと、おめでたい。

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무대가 끝나고 커튼이 내려가도
舞台が終わってカーテンが降りても


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널 위한 노래는 계속 될 거니까
君のための歌は続くのだから


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Will you stay with me like that?
Singing under the curtain


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(画像cr:Vyral)

 記念すべきスホさん初のオリジナルソロ曲は、ジャズピアニストのソン・ヨンジュさんとのコラボらしい。曲紹介のタグにエクチェル持ってきちゃう公式推す(vyral参照)。
 華やかな舞台、孤独な愛、光と影...なぜこんなにもスホさんの本質ついてくるのか...公式のバカ...素晴らしすぎ...期待しかない...
 2/3...スホさんの、初のフルソロ曲...ジャズピアノのポップバラードだそうだし、きっと素敵な歌なのだろう。

スホさんは、やはり何度見てもハッとするほど美しい...陶磁器のような肌、影を落とすきりっとした眉、すっと通る鼻筋、伏し目がちな目。こんなにも美しく、そして哀しい。
 スホさんはいつもそうだ。いつも、どんな振る舞い、どんな歌、どんな作品にも、少しの切なさを残していく...この歌もそうなんだろうか。誰もが決して触れることの出来ないスホさんの中の孤独、輝かしい華やかな姿の裏の、暗い影...そんな哀しささえも、スホさんは嗜んでいるのかも知れない。

1年間、たくさんの先輩や仲間を乗せて走ってきた列車の、終点がスホさんなのだ。重いものだけれど、それは本当に素晴らしいものになると信じられる。スホさんだから、その終着駅の役が務まる。スホさんにはそれに値するだけの重みと信頼が、積もっている。だからこそ、期待されるし、それがまたスホさんに重くのしかかるのだろうけれど、スホさんはいつだって期待を裏切らない。私たちの星である。事務所も、満を持して出してきたという感じがある。どうだ、これが我らが誇るトップグループのリーダーだとでも言わんばかりに、いちばんのプライドを、まさにここで示している。スホさんにとってそれは、心が軋むほどの重荷なのかもしれないが、同時に、それこそ全身にほとばしるほどの喜びなのかもしれない、とも思う。

ジャケットにも、考えさせられる。駒というものは、いつかは必ず倒れるのだ。回っている間は、中心を軸にして空気の中に静止しているように見えるほど美しいのに、いつかは必ず失速し、バランスを崩し、ころりと転がるのだ。こんなにも大事なスホさんの初のソロ曲であるからには、きっと制作側も背筋が伸びる思いで、彼という人間の本質を突くような、「永遠のような無常」を、ひっそりと出してきたのではないか。
それはスホさんが常から心に案じていることであり、スホさんの心の中には、ひたすらに美しい駒がずっと回り続けているということを意味するのだろうか。いつか倒れ、転がり落ちることを知っていながら、彼は今もずっと美しいままそこに留まっているのだろうか。
曲紹介の文言やジャケットに見る限りでは、彼という人間が、「表裏一体のアンビバレンス」に抽象されることを、制作側もしっかりと感じているのだろうな、と強く感じられる。

カーテンそれ自体は、光を遮るもの。何かと何かを遮断するもの。内側にあるものを隠すもの。内側を寒さから守り暖かくするもの。カーテンの裏側が、スホさんの心の内なのだろうか。誰にも触れられない心の中であたためているのは、絶対に守りたいもの。大切なもの。隠したいもの。触れさせないもの。その中には死ぬまで見続けたい夢も、大切な人との思い出も、冷たく凍った傷口も、あるのかもしれないなどと考えるだけでも涙が滲む。

それがスホさんの、「孤独」でありはしないかと、いつまでも考え続けてしまう。彼は星の数ほどのファンに愛され、そして自分もそれだけ返すつもりで愛している。「愛し合おう」がスローガンである所以だ。メンバーはもちろん、スタッフやメンバーのご家族、支えてくれる人はすべて愛しているのだろう。本当にささいな日常の会話から、大きな決心を伴う場面、メンバー全員で力を合わせひとつになることの、想像を絶するほどの労苦と涙と思いやり、そしてその先の栄光まで、彼の世界は抱えきれないほどの愛に溢れた、輝かしく素晴らしいものであるはずなのである。
しかし、彼は「孤独だ」と、その口から、本物の心で歌ったのだ。なんと、透明に、澄み切った歌声だったことか。
充実しているはずの自分の生活であるのに、どうしてこんなに悲しいんだ。孤独なんだ、愛に溺れたくてたまらないんだ。
冷たい雨の水滴に濡れた窓のイメージを背景に、何かを貫くように芯の強い伸びやかさで、しかし柔らかく降り続く雨模様の空のように、ドームいっぱいに響き渡る歌声で、彼はそう、歌ったのだった。そのときのことを、彼は「気持ちよかった」と後に語った。先にも後にも、彼が自ら口にした「孤独」という言葉はその歌のみだった。もし話そうとしても、話すべきでない、あるいはとるに足りないとか、話すなど場違いであるなどと感じたことが、もしかしたらあったにかもしれないと思った。だからこそ、「心から本心で歌ったのは気持ちよかった」と感じたのではないか、と。

すべて思い通りになることの少ない、制約された生活。愛が溢れているとはいえ、その場所にいることは、何らかの不自由を伴うことには違いない。加えて、リーダーとしての責任感は、ほかの誰より重く彼にのしかかり、ますます自由は奪われる。輝かしい姿は、必ずその制約のうえに成り立っている。人一倍に強い彼は、必然的な制約も、そこで生じる不快感すら成功の糧だと言って、すべて飲み込んで、閉じ込めてしまうのかもしれない。心の奥に閉まって、カーテンをひいて、日頃は忘れたような振りをしているのかもしれない。
しかし、ふいに思い出すのだ。そして、身動きすら取れなくなっている自分の心の奥の存在に、嫌でも気付かされるのだ。そんな自分が、憐れで、寂しいものであることも、同時に感じるのかも知れない。そんな奥の奥のそのまた奥の、誰にも触れることの出来ない場所が、彼の「孤独」の正体なのではないか、などと、私は常から案じている。これは彼をみだりに苦しめなることはないが、黒く重い岩石のようにびくともしない心のわだかまりとなって、静かに彼の中に居座り続ける。静かすぎて存在を忘れてしまうほどなのである。しかし、彼はその静寂をも認識しているのだろう。そんな自分を、嘆くことも、ひけらかすようなこともなく、実はある種の心地よさをもって、大切に抱いているのかも知れない、などと思ったりもした。

大切に抱いたカーテンの裏側を、少しだけ覗かせてもらえる、これはそんな歌なのかも知れない。「愛する女性を想いながらカーテンの後ろで...とにかく、曲を聴けばわかります」という彼の言葉。皆まで言おうとはしなかった。きっと愛する女性はそのままの意味だけでなく、大切なもの、愛しているものすべてを象徴しているのではないかと思う。もちろん純粋に、彼の愛する女性に込められた思いがあると考えるのが妥当だろうが、どうも彼がそれだけを抱えているようには見えないのだ。本当にたくさんの、宝石のように輝く宝物たちから、傷ついてボロボロになった約束、体が軋むような期待まで、あらゆるものを彼は背負っている。あまりにも重くて、常人がそれを抱えることは全くもって不可能なほどであろう。カーテンの裏であたためているこれだけのものを、彼は大切に感じて、歌声に込めはしないかと、そう考える。
しかし、彼にとっての愛する女性が、それを上回るほどに大切なものだとしたら、その限りではない。それがどんなに素晴らしいことか、考えるまでもない。彼が心から愛する人がいるなら、それは彼の孤独を癒すかもしれないからである。彼と一番心の距離が近い人が、唯一彼のカーテンの中に入ることを許され、彼の本当の心に触れることができるのではないかと思う。メンバーとは別の意味で、彼の心の奥底に入り込める稀有な人間が、必ずや彼の心を、更に上の段階の充実へと導いてくれることを願っているし、そうでなければならない。だから、彼の愛する女性には多大なる期待を込めて心から願うのだ。絶対に、彼を離さないで、彼の本当の心を見つめ続けてくれますように、と。

ああ、どうか、どうか、その厚く黒く美しいカーテンの裏でも、表でも、彼が幸せであれますように。私にできるのは、ただこうして星に祈ることだけなのである。