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宇宙遊泳

スホさんとEXOについての独り言

嗚呼、カイスホ

カイスホモーメントがあると、私は途方もない喜びを感じ、興奮すると同時に、どうしようもない悲しみに包まれる。

何故か。
カイスホそれ自体が私に与える感情は、私にとって好ましい感情である。ある時は彼らの無限の愛を知り、こんなにも彼らがお互いを思いやっているということが愛しくて、ほっとしてあたたかい気持ちが溢れる。ある時はこれまで彼らが共にしてきた時間を思っては哀愁に包まれ、その哀しさこそが美しく趣深い、そんな物語に思いを馳せる。カイスホの作り出すどんな感情の一ページにもしみじみと感じ入って、それを私は楽しんでいる。

それとは別に、カイスホが、もはや傷ついてしまった元カイスホシッパーの心の傷を抉ることが、私にはどうしようもなく悲しいのである。
傷つき、それでも心の痛みを何とか吐き出し、「殺してくれ」と言い、あるいは「何度も死んで」、打ちひしがれている。

ああ、何故なんだ。何故あなたたち2人は、そんなに彼らを苦しめるのか。
もちろん、ふたりにはなんの否もない。
彼らも、2人が紡ぐその一瞬がこの上なく愛しく、美しく、奇特な瞬間であることを痛いほどよくわかっているのだろう。
しかし、だからこそ、苦しいのだろう。あんなに輝いていたもの、それは今でも変わらない、しかし彼らの心は変わってしまった。事実はいつも残酷である。どんなに彼らが苦しもうとも、またもう一度、とどめを刺すかのようにそれは訪れる。

タイタニックの真似をするという指示のくじを引いたスホさんは、カイくんを指名した。スホさん自らカイくんを選択した。カイくんは最初こそ恥ずかしそうにしていたが、スホさんが「手はここ!脇の下やめて!」としきりにいうのに、脇の下を故意に何度も触っていた。お兄ちゃんにいたずらしたいね。困らせたいね。それともやはり変態か。どっちにしろ可愛すぎないか。このふたりは、改めて、仲が良すぎないか。相思相愛じゃないか。こんなに幸せそうにしている。私はものすごく嬉しかった。にこにこしてじゃれあっているふたりがとても楽しそうで、私も幸せだった。ふたりが幸せなら、私は否応なく幸せなのだ。

そんな呑気な考え方を出来ないのが、彼らなのである。彼らのような人たちが、素晴らしい小説家になるのではないかと思う。私なんかよりもよほど深い感情を、カイスホに持ち合わせていらっしゃるに違いない。そんな方々は、ふたりが楽しそうに笑いあっているのを簡単に喜べないのである。
きっとこの日のタイタニックも、彼らにとっては原子爆弾くらいの衝撃だったのかもしれない。
「もうこの心は何度も死んだのに、また殺すというのか、それならいっそのこととどめを刺して終わりにしてくれ、お願いだ、傷が痛くて仕方が無いんだ、ひと思いにやってくれ...」

ああ、しかし、これはなんと嘆かわしいことだろう。以前まではみな肯定的に楽しめたものを、今では一様に肯定的に捉えることが出来ない。私と彼らの間にはある種の壁がそびえたち、私はこの、のっぴきならない状況に身を任せるしかない。私自身が、私の中だけで楽しむことは出来る。しかしそれを以前のようにみんなで共有したり、彼らの目の前でカイスホに関して思ったことを吐露することがもはやできなくなってしまった苦しみは、どうにもならない。
誰かがカイスホを見て苦しむということが、私にとって、ただただ、虚しく悲しいのである。