宇宙遊泳

スホさんとEXOについての独り言

グローリーデイを観て感じたこと

 

※がっつりネタバレを含みますのでご注意ください!また、読みにくい上に8000文字弱の長文です。それでも大丈夫という方はどうぞ。↓

2016年10月10日

シネマート新宿でグローリーデイを観てきた。始まるまで、ずっと緊張していた。決して、あってはならないはずの出来事が映画の中で起きてしまうということを、事前に知っていたから。


始まった瞬間、ヨンビ役のジスくんの可愛い笑顔が目に飛び込んできた。4人で砂浜の上を走るシーンだ。まさに、グローリーデイを共にする4人の眩しく楽しそうな笑顔が印象的だった。サンウは、どこまでも透き通った顔で笑っていた。


しかしその直後、場面が変わり4人が警察に追いかけられるシーンになる。息を呑んで見守った。胸がバクバクして破裂しそうだった。

サンウは大人しく出て言ってわけを話そうと言ったが、親に知られたらまずいと言う友人のために、ヨンビは逃げることを決意する。

ジゴンとドゥマン、ヨンビとサンウに別れて逃げた。ヨンビとサンウは、ここで散らばろうと言って二手に別れた。私はずっとサンウの動向を目で追っていた。


そして、奥の方へ走っていってT字路に出た瞬間、ドン!と大きな音がしてサンウの身体が宙を舞った。

 

その光景が、痛いほど目に焼き付いて今も頭から離れない。車の速さと衝突時の音、引きのカメラという構成が本当にリアルで、ただ事故の場面を直接的に撮るよりも余程怖かった。冒頭でこの衝撃だ。正直初っ端からこの場面が来るとは予想していなかったので、私は激しく動揺した。

ヨンビが駆けつけるとサンウは血まみれになって倒れていた。浅く息をし、口から血を吐き、体から血を大量に流している姿は本当に、目を塞ぎたくなるほどに衝撃的で辛く苦しかった。そこでタイトルが入った。


タイトルが出てしばらくその場面が続くのだが、最終的にサンウの「かはっ」という弱く小さな咳と浅い呼吸が大きく聞こえてきて、もう自分は放心状態に近かった。

いつ涙が流れたのかもわからないけど、溜まった涙が一気にふた筋落ちたことだけは覚えている。衝撃的すぎて、全身をこわばらせて、涙を拭うことさえできなかった。

今思い出すとその場面とタイトルのあまりの逆説加減に胸が苦しくてたまらなくなる。


この映画は全体的に極端でわかりやすい対比がされることが多かった。わかりやすくていいのだけれど、それがあからさまで表現が直接的で、胸に訴えかける強さが尋常ではなかった。


連行されて、話を聞かれ、サンウの事故を詳しく捜査しようとする警察官の横で、腹が減ったと夜食の豚足を頼む刑事たちの場面もそうだった。

この社会の醜い部分、裏側の部分、自分の利害のみを考える大人達、それに反抗しようとも大人達の圧力に屈するしかない若者の対比が顕著に表現されていた。


犯罪を犯していないという事実を言っているだけなのに、顔だけで判断する警察たち。

4人があんなに苦しみ、訴えているというのに、それをぞんざいに扱って、楽にその件を片付けようとする本部署の警察官たち。この署で一番怖い警察官が尋問する、と言っておきながら気の弱い若手の警察官にやらせる上司。

「彼らは本当に無実かもしれない。もう少し詳しく捜査した方が...」と言った若手警察官に、「お前は暇なのか?」と、一切協力しようとしなかった上司。

そしてそこで折れてしまって結局上司に従う若手。

夫からDVを受け、4人と夫がもみ合いになっている最中に逃げ出し、「4人が夫を殺した」と偽りの証言をして、極力大事にならないように浮気相手の本部長に手を回させた女子アナウンサー

単にそのアナウンサーが好みだったからという理由で彼女の証言をありのままに受け入れ、疑いもしなかった刑事。

自分の息子を守るため、ヨンビに罪をなすり付けるように息子に言い聞かせる親達。これで何とかしてくれと親に賄賂を渡され、それを受け取る刑事。


この世の汚いものを、これでもかと詰め込んでいた。


彼らがそうせざるを得なかった、あまりにも苦しい場面も、非常に巧みに描かれていて印象的だった。

反抗することでどんどん追い詰められ、拘置所に送られることになり、刑務所に入れられたら人生は終わりだ、と不安に襲われて、どうにかしてこの状況から脱出しようとするジゴンとドゥマン。ヨンビは静かにそれを聞いているが、2人の言い合いは激しくなっていく。

 「おれは悪くない」「お前があの男を殺したんだ」「船に落としたのはお前だろ」「でもあの時はまだ死んでなかった」「元はと言えばお前が...」「それはお前が...」「いや、それだってお前が吐きそうだったから港に行ったんだ...」「...いや、全部ヨンビのせいじゃないか?」

 

そこでヨンビは反論する。「俺が殺したっていうのか?」そこで静かにしろと怒鳴られ、一瞬落ち着いたが、ジゴンがこう言った。「そうだ。サンウのせいにしないか?」「意識を失っているし、それが本望かもしれない」ドゥマンも賛成する。 ヨンビは「サンウに罪を着せるなんて出来るわけないだろ!」と、ジゴンに突っかかる。彼らはついにもみ合いになり、送迎車から降ろされてしまう。小川で、棒で痛めつけられ、「サンウがやったんです!」「そうです、全部サンウのせいです!」と泣き叫ぶジゴンとドゥマン。

ヨンビは散々棒で殴られ、意識が朦朧として倒れる。そこでサンウを思うと、サンウの幻が現れた。ごめん、ごめん...と謝り続けたヨンビ。すぐに行けなくてごめん、という意味と、お前のせいにしなくちゃならなくなって、ごめんという二つの意味が込められていたように思えた。ただただ、ごめん、ごめん...。そうサンウに謝る気持ちが、痛いほど伝わってきた。

 

「大事で大好きな友達。何年も一緒に過ごしてきた大切なサンウ。自分が逃げようと決めたことで、事故に合わせてしまった。不条理な社会構造と大人達の利己心に阻まれて、すぐに駆けつけられなかった。こんなことになってしまったのは、自分にも原因がある。それなのに、この事件を全部、サンウのせいにしなくちゃならないなんて。でもジゴンとドゥマンの人生まで犠牲にすることなんて、出来なかった。だから、サンウ、お前のせいにすることで、友達と自分を守るほうを選んだんだ。本当に、言葉も出ない。正義を貫こうとして起こした行動が、結果的には、一番最悪な自体を招くだなんて、予想もできなかった。でも、そうすることでしか、この状況から脱出できなかった。俺は、一生悔やむだろう。死なせてしまった上に、罪をなすりつけたんだ。毎晩その夢にうなされて、朝起きた瞬間にも血にまみれたサンウの体を鮮明に思い出すんだろう。その覚悟はできている。」私はヨンビの心中をこんな風に想像した。

彼らは、まだ、若すぎた。彼らにはそれを、他にどうすることもできなかった。


罪をなすりつけるという、ヨンビにとって一番過酷な選択を強いた大人達の利己心がなければ、ヨンビは二重の苦しみを味わわずに済んだかもしれない。 

サンウはもういない。どんなに抱きしめたくても、もう抱きしめてあげることは出来ない。笑った顔も、悲しい顔も、怒った顔も、何も見ることはできない。取り返しがつかない。絶対に。

ヨンビはそれを骨の髄まで感じて、どんなに苦しかっただろうか。



最後は、サンウのお葬式の場面だった。

 

おばあちゃんはヨンビにそんな所にいないで早く入れと言った。ヨンビがテーブルの前に座ると、おばあちゃんは無言で食事を出してそのまま行ってしまった。

この場面でのおばあちゃんの態度は、しっくりきた。これ以外には考えられない。彼女は余計な言葉は言わず、ただ入りなさいといって食事を出してくれた。おばあちゃんの気持ちを考えれば素っ気ない態度は当然だが、きっとヨンビのことも思いやったからこその、その行為は、十分に優しかった。

ヨンビの目の前には、たくさんの花がいっぱいに敷き詰められた祭壇の真ん中に、サンウの綺麗な遺影が飾られていた。そのカットが嫌になるほど長くて、私は思わずふるふると首を横に振ってしまった。ヨンビは、ただただ静かに涙を流した。


一番最後、一番最初のシーンと同じシーンが流れた。最後には、四人が肩を組んで海を眺めていた。そのシーンは、あまりにも悲痛で、よくもここまで視聴者の心を痛めつけられるな、と思った。ほんとうに、残酷だった。


自分が彼らの立場だったとしても、「やってない、本当だ!自分は悪くない」と叫び訴えただろう。


それでも、どんなに叫んでも認められないという理不尽すぎるこの状況。なんとかこの状況から脱出する方法はないのか...そう考えた末に生まれるのが、「誰かを犠牲にするしかない」という答え。

 

人間、だれでもそういう可能性はあるだろう。劇中では結局大人達に圧迫された彼らのうち2人が、どうしても自分が助かりたいという思いを抱いた。結局はヨンビも、理解してしまった。サンウに罪を着せることの合理性を。そうせざるを得なかった。それ以外にどうすることも出来なかった。

真実を守っても、自分の身は守れない。どうして真実を突き通すことができないのか?真実こそが、正解じゃないのか?真実を正解にできないこんな社会が、間違っているのではないか?彼らは、変わる前なら、そう問うたかもしれない。

しかし、信じるものにまっすぐに突き進むだけでは生きていけない現実に、彼らは気付いてしまった。そして、変わらざるを得なかったのだ。

 

こんなことになっているのに、平気な顔をしてこれからも生きていく女子アナウンサーと、四人の声をよく聞かずに、深く捜査しなかった警察が、あの世界での社会の一番の恥だし、心底頭にくる。

そんな大人にだけはなりたくない。絶対に。

こういう思いを抱かせるのが、この映画の一番の目的のひとつだろうと感じた。

 

こんなことを帰りのバスの中でずーっと考えていたら、最後には深く静かな悲しみだけが残った。やはりスホペンだから、サンウの死に囚われてしまう。

どうしてサンウは死んでしまったんだろう。

何がいけなかったんだろう。

どうしたらサンウは死ななかったんだろう。

 

物語的に、サンウの死を通して深い深い悲しみをあたえることによって、この事件の「禍」を強く印象づけるのが、サンウの死の目的なのだというのは解る。

でも、何をどうしようと、もうサンウは死んだ。その事実が強く胸を裂いて、涙が静かにこぼれた。

 

ノベライズ版の、サンウのエピローグを翻訳してくださっていたものがあったので、それを読んでまた号泣した。

サンウは、骨が粉々に砕けるほど痛くて目を開けられなかったけど、おばあちゃんの声は聞こえていた。意識があった。最後の最後で、ついにサンウは目を開けた。サンウは最後にまぼろしをみた。春なのに雪が降っていた。その時には痛みもなく、最後の時が近づいているのだと実感した。


おばあちゃん、と声にならない声をあげた。おばあちゃん、ごめんなさい、泣かないで。こんなことになってしまって、一番あなたを傷つけるようなことをしてしまって。

 

でも、おばあちゃんに宛てた手紙のことを思い出した。そうだ、おばあちゃんのことは、3人が面倒をみてくれる。だから、僕がいなくたって大丈夫だ。そう安心して、サンウは永遠に戻ってこれない場所へと旅立った。

 読み終えた瞬間に、張り詰めていた糸が切れて、顔を覆って泣いた。バスの中だったから声を出さないように必死だった。


ごめんね、と謝っていた。サンウはひとつも、何にも、悪くないのに。あの映画の中で一番、無垢でかわいそうな役だった。


おばあちゃんの気持ちにも寄り添うことができた。

たったひとりの愛する孫であるサンウは手紙を残して軍にいこうとしたけれど、その手紙は天国へ旅立ったサンウからとも取れるようだった。

これからおばあちゃんはずっと1人で、サンウを思い出して、辛い悲しみに苛まれて生きていくかもしれない。

サンウはおばあちゃんをもう苦しませたくなかったのに、逆にこんなことになってしまって本当に申し訳なく思っただろうと思う。それでも、自分は愛する人の心の中で生き続けるのだと確信して旅立つことができて本当に良かった。

 

しかし私は、このエピローグにもまた闇が隠されていることに気づいてしまった。サンウは、知らないのだ。3人がどうなったのか。3人がサンウに罪を着せて重刑を逃れたということも。

3人は、惜しげもなくおばあちゃんに頻繁に連絡をとることも、遊びに行くことも、たぶん出来ないだろう。サンウに罪を着せたという事実が、3人とおばあちゃんの間に横たわっている。

 

おばあちゃんもまたそれを望んではいないだろう。おばあちゃんが一番愛する大切なサンウを、こんな目に合わせて、しかも罪を着せるだなんて、なかなか許しがたいことだ。こられても迷惑だと、思ってしまうかもしれない。

サンウは自分がいなくてもあの3人ならおばあちゃんを守ってくれるから、大丈夫だと思って逝ったけれど、現実ではそれさえも叶わなかったのだ。そう考えると、この話はどこまでも救いようがない。

 

ただ、サンウがそのことを知らずに逝く事ができて本当に良かった。それだけが、唯一の救いだった。

だから、いつかは3人とおばあちゃんが和解して、一緒に楽しく過ごせるといいなと思う。それは無理かもしれないが、そうなったらいいなと、心から思う。そうなれば、この物語はもう少し救われる。

 


ここからは、スホさんの演技について述べていく。

スホさんの演技は、とても美しく、儚く、まっすぐだと思った。スホさんの演技は、少なくとも演技をよく知らない立場としては、120点のはなまるをあげたいくらいだった。

 

喋る部分は少なかったけれど、気持ちが篭っているのがよく伝わってきたし、鬼気迫るセリフの言い方もすごく格好よかった。その短いセリフ、ワンシーンの中にどれだけの思いと努力が詰まっているのか、事前のインタビューの内容からもわかっていたから、この映画にかけたスホさんの気持ちを汲み取るように必死で見た。

スホさんの演技は全体を通して、かっこよかったし可愛かった。爽やかで儚くて、あまりにも美しかった。それに、声がとにかくイケボすぎた。

みんなで食事をするシーンもよかった。まだまだ若い彼らがとても可愛かった。食事にがっつくところ、年頃の男子らしく「そういうこと」に興味津々なところ。チキンを頬張りビールで流し込むサンウ。サンウが男女のキスを見つけたところは本当に可愛かった。純朴サンウちゃん可愛すぎた。セリフは少しテンポが面白くて、スホさんの演技の特徴を掴めた気がする。(笑)

 

そして、見慣れてもやっぱりハッとするほどただただお顔が綺麗で、意識を失っている場面はスホさんの美しさが余計に哀しさを煽って、目を背けたくなるくらいだった。それでも、きちんとその演技を目に焼き付けた。

スホさんはどんな思いだっただろう。インタビューでは当然、自分が死の場面を演じたこと、そのときの思いにはほとんど触れず間接的にしか言及していなかった。サンウが死んだ後の気持ちを、どう考えたのだろうか。

 

あのエピローグを読んで、救われたのだろうか。スホさん自身は、どう思っただろう...とても気になる。

ヨンビがサンウの幻を見るシーンでは、スホさんが「おい、ヨンビや、どうしたんだよ!しっかりしろ!!」と本気で彼を心配する姿が迫力があって良かった。そのあと、顔をきつく歪ませて「早く来るって言ったのに、なんで来なかったんだよ...!」と、まさに熱演という言葉がぴったりの演技を見せた。

サンウは、どんなに悔しかっただろう。やりきれない思いだったに違いない。そう思わせてくれたスホさんの名演技に、胸がいっぱいになって涙が出た。心の中で、スホさんへの愛を叫んだ。

 

遺影を撮影した時、スホさんはどんな気持ちだったんだろうと考えると震える。もし自分の身に同じことが起こったらどうしただろうかと考えたスホさんを想像したら涙が出そうになる。スホさんも同じ痛みを味わったのだろうかと考えると、胸が苦しいけれど、少しだけ安心する。

スホさんがこれに胸を打たれてどんな役でも絶対に出演したいと思ったその心を考えた時、スホさんのこの映画にかける思いを感じることが出来る。

スホさんは、当初はヨンビを演じたいと思っていたようだが、それは、ヨンビに特に深く共感したからなのだろう。現実の醜さに気付き、変わらざるを得なかった3人を、演じたいと思っていたのではないだろうか。グローリーデイには全体的に、大人達の醜さや社会の腐敗、それらに直面した若者がどう変化していくのか、というメッセージが込められている。そんな映画を面白いと思い、出演したいと思ったというのだから。

 

サンウは少し達観していて、二十歳の青年にしては人間離れしている。二十歳にしては大人な役だとスホさんも言っていた。 

でも、スホさんがサンウを演じてくれて良かった。きれいで、儚く、優しい心を持った、純粋な青年。それだけに、彼にすべてを背負わせてしまったことの罪悪感が半端では無く観客に突き刺さる。スホさんはサンウにぴったりだと思うし、サンウという役を演じたのがスホさんであったからこそ、あんなにも胸に訴える物語を作り出すことが出来たのではないかと思う。

スホさんは尊い

 

映画の中での彼は、俳優キムジュンミョンだ。EXOのスホではない。俳優キムジュンミョンは、演じるものを目の前にして、何を考え、何を思うのだろうか。

グローリーデイは、キムジュンミョンという宇宙が、これから私たちに見せてくれる様々な姿を期待できる、素晴らしい作品だった。

 


そして、数日経っても、やっぱりあの場面はふとした時にフラッシュバックする。そして心臓が跳ねて、動機が激しくなる。軽いトラウマと化している。ノイローゼ気味である。

幸いなことにこれまで、ここまで心を入れ込んだ人の死に(演技でも)遭遇することがなかったから、とてつもない衝撃だった。「大丈夫、愛だ」でギョンスが演じたガンウの事故シーンも見たが、ここまで酷い話じゃなかったていうのもあるかもしれないが、サンウの事故場面ほどの打撃は喰らわなかった。

 

本当の虚しさというのは、人の死を骨の髄まで悟った時に感じるものなのかもしれない、と思った。数日経っても消えない心の虚しさ、途方も無い悲しさ。いわゆる、愛する身近な人の死の疑似体験だった。

これほどの衝撃を受けたことで、事故の怖さと、人の死がこんなにも悲しいものだということを再確認することが出来たことも、この映画が私に与えてくれたものだと思う。

 

いろんな意味で、この社会の現実をどうすれば変えられるのか、自分が今後どうしていけばいいのか、を気づかせ、考えさせれてくれた映画だった。いつかDVDを買って、一時停止しながらゆっくりと鑑賞したいと思った。

 


最後に、全体を総括する。

とにかく、涙が止まらなかった。どうしようもなくてただただやるせなくて。物凄い映画だと思った。どうしようもないほど救いようのない話で、怒りと哀しみと悔しさでいっぱいになった。


誰のせいかなんて、決めつけられない。みんな、それぞれに責任がある。いい、悪いの二元論では済まされないのだ。


社会の不条理さ、大人達の利己心、まだまだ青く未熟でまっすぐな若者。複雑に絡み合う感情。この事件を通して3人の気持ちが変わっていってしまったという事実とその過程。これらが本当に痛いほど鮮明に描かれていた。


どうしてあんなことになってしまったのか。大人になるということは、真実を守ることまのか、自分を守ることなのか。正義を貫こうとすることが、なぜいけないのか。そもそも、正義とはなんなのか。それらをずっとずっと考えさせられる、それがこの映画の一番大きな目的だったのだと思う。

 

ここまで胸糞悪く終わって、どうしようもなくて、こんなに怒りを与えて、ここまで考えさせられる映画は初めてだった。その意味で、この映画は本当に、社会に対して訴えかける力というのが特に秀でているのだと思った。

韓国では今年発表された映画の中で、グローリーデイが興行収入1位を獲得したらしい。それも納得できるほど、素晴らしく酷い映画だった。一生心に残る作品になったと思う。

ここまで残酷で、ここまで深く考えさせられる映画に出会えたことが本当に良かった。


そして、正直言ってスホさんが出ていなかったらきっと観ることがなかっただろうから、この映画のシナリオに惹き込まれ、絶対に出演したいと思って、並々ならない努力でこの映画に打ち込んで、あれほどのものを叩きつける映画に出会わせてくれたスホさんに、大きく感謝する。

 

興行収入1位は、スホさんにとってこれまでの中で上位に入るほど嬉しい瞬間だっただろう。本当に良かった。スホさん、おめでとうございます。そしてありがとうございます。

 こんなにすばらしい映画がスホさんのフィルモグラフィー最初の作品になって心から嬉しく思う。彼なりの考えがあっての出演だったから、スホさんの考えはどこまで深いのかと心が震える。これからのスホさんの出演作品にももちろん注目したい。その時にはまた、今回のようにスホさんが俳優活動を通して伝えたいと思ったであろうことを汲み取っていきたいと思った。


グローリーデイは、若者から大人まで、多くの人に見てほしい作品だ。そして、期間を置いて何度か見ることで、さらに理解を深めたり、前回と違う見方ができると思う。これからもこの映画を心の片隅において、自分と他人、人間の利己心と不条理さについて考えるための大事なリマインダーにしていきたい。