宇宙遊泳

スホさんとEXOについての独り言

このサイトについて

ご覧いただきありがとうございます。

このブログは崇拝系腐女子スホペンの管理人 屋上 が、EXOのリーダースホさんやメンバーについて個人的に思ったり考えたりしたことを独り言として書き留めるだけのブログです。
基本的に頭の悪いことしか書けませんが、強く、美しく輝く彼らに日々思いを馳せて、浮かんできた言葉たちをここに残しています。記事をご覧になる際には、以下の注意事項をご確認いただければと思います。

《ご注意》
管理人は腐っています!たまにスホさん絡みのなかよしCPについて色々書きます。CPの関係性について語ったり、メインがその話題じゃなくても文脈上でほんのりとCP描写をしたり、腐女子ネタを入れることがあります。
・あくまで「ただの独り言」で、自分の考えを述べるだけのブログです。基本的に、人に読んでもらうことを深く意識して書いているわけではありません。ここで述べていることは全て個人の意見であり、多少の偏見を含むものだとご理解ください。
管理人は文章が上手くありません。語彙力が乏しく、教養もなく、論理的に書くことができません。努力はしますが、グダグダな文章になってしまうことが多いと思われます。
・使用しているお写真は主にマスター様からお借りしています。クレジットは画像内のロゴにて。

以上の点をご了承いただいた上で、ご覧ください。

記事は、スホさんを中心に、EXOのみんなについてそのとき思ったことをあてもなく書き殴っただけのものから、真剣に考えて論じたものまでありますが、基本的にはまとまりなくだらだら語ったり、気持ちの整理や備忘録として更新していきます。

ブログ開設のきっかけや管理人の詳しい情報はこちらから→私の宇宙
(管理人の簡単な自己紹介からスホさん・EXOに対する基本的な考え、スタンスまで述べていますが、アホほど長いのでご注意ください。)

彼らは私の宇宙で、すべてです。これからもスホさんとEXOに幸せが訪れますように、いつも遠くから願っています。

シウミンさんとスホさんを考える

最近、おにいちゃんずの仲が良さげだということで、荒ぶりまくっている私です。今回はこのふたりについて少しばかり考察してみたいと思います。

まず、現在までのふたりについて。
シウミンさんとスホさんがあまり絡まないor一緒にいても特に何も起きないというのはよくあることだったが、これはよく考えれば納得がいく。

というのも、どちらも、お互いを必要以上に可愛がったりからかったりするような関係にないからだ。優しく暖かく見守る気持ちはあっても、お互いに甘えたり、とやかく世話を焼いたりしない。お互いが、お互いの望むところ、望まないところを、よくわかっているのだろうと思う。

だからこそ、余計なことは言わないし、ちょっかいを出すこともない。お互いがお互いを尊重しあっていて、大切に思っている。スホさんにとって可愛がる対象は弟達であって、年齢でいえばヒョンであるシウミンさんのことを可愛がるという概念はないように思える。シウミンさんにとってはメンバー全員が可愛がる対象だろうけれど、スホさんは別格なのではないだろうか。飛び級の関係もあるだろうが、やはり彼はリーダーだし、プライドも人一倍高いだろうから、シウミンさんにとってスホさんはただ単に可愛がる存在ではないような気がする。

ただ、シウミンさんはそんなスホさんを、とてもよく見つめている。シウミンさんは思いやりの行き届いたすばらしいひとだから、メンバー全員に対して元からそうだけれど、でもやはりスホさんのことを、心から、あたたかく見守っているのだろうな、と、特に最近の彼らを見ていて感じる。メンバーみんなにとって、自分たちのリーダーは、やっぱりかけがえのない、大切な存在であるに違いない(全員にとって全員がそうだろうけれども)。特にシウミンさんは、誰よりその思いが強いのではないだろうか。誰より責任の重いリーダーという役割を務める、自分より実質年下の弟を、あたたかい目で見守っていたいという気持ちが大きいのではないだろうか。だって、スホさんを見つめる時の、あの目、あの顔が、本当に嬉しそうで、あまりにも優しいから。

この「シウミンさんがスホさんを見守る」という構図は、最近とくに顕著になってきたように思える。やはり、昨年末のMAMA事変が契機となっているのだろうか。推測でしかないが、しかしあの出来事から、彼らが仲が良い場面をよく見かけるようになったのは事実である。MAMAの夜に語り合ったあの日から、彼らの間で何が変わったのだろうか...。

MAMA前後からの主なシュジュンモーメントをまとめておこう。(ちなみに、どーでもいいことなんですが、シウミンとスホのCP名はいくつもあるけど、しうすほとしうみょんは可愛い感じがしてなんとなく自分の中でファンタジーみたいな位置づけなので、私はちょっとリアルさを感じられるシュジュンを使用しています。あと言いやすい。)

①The EXO'rdium in 名古屋
アコースティックセッションのLady luckのとき、スホさんが立ち上がると同時にお尻をぱんぱんと払ったのだけど、そのときにファンにお尻を見せるようにしたのだ。それを横から見ていたシウミンさん、何故か笑いが止まらなくなり、次の自分のパートで声が裏返るほど面白かったらしい(ぐうカワTT)
その後のメントでも、なぜ笑ってしまったのか、スホさんの行動を説明したあと、「僕はそれを横から見てたんですよ!?」って言っていた。どれだけ面白かったのだろうか。スホさんも「笑ってくれて嬉しい」的なことを言っていた。可愛すぎた。

②161202 MAMA
事前に収録されていたビハインド映像に2人で登場。シウミンさんがスホさんを優しげな笑顔で見つめる(泣)。
この日の夜、一緒にお酒を飲んで語り合う。色々なことを話し、結局同じベッドで寝る(さらっと書いてるけど大事件)。スホさんは覚えていなかった。これはHATS'ONのサイン会で明らかになった。
(この件については前に詳しい記事を書いた。
シュジュン記念日)

③The EXO'rdium in 大阪?(動くステージだから日本で、ドームだと思うけど、どこだっけ、要検証。労力が足りずすぐには見つかりませんでした...)
動くステージの上でお手振り曲の最中、お手振りやペンサに夢中になっているスホさんを見て落っこちそうだと心配になったのか、後ろからハグして落っこちないようにしてあげるシウミンさん。でもそれにびっくりしちゃったスホさんは、シウミンさんが自分のことを心配してくれたとは思いもせず、殴るふりをしてびっくりしたことをアピールする。そのあとほんとに殴る。スホさんって結構よく殴るよね!好き...

④161226 SAF歌謡大賞
シウミンさんをエスコートする紳士なスホさん。スホさんがシウミンさんの腰に手を回して、仲良く歩いていく長兄2人。これの動画は見てるとマジでグッとくる、エスコートスホさん好き、、おにいちゃんをエスコート...グッとくる。(語彙力の喪失)

⑤170125 SOHU Interview
スホさんがお話するのを優しすぎる目で見守るシウミンさん。これもめちゃくちゃ心臓痛い。シウミンさんのお顔が優しすぎて...TTまだ見てない方は絶対みるべきです。スホさんがお話してる時のシウミンさんのお顔に注目。ドラマの額キスの質問の時はメンバー全員が興味津々って感じで聞いててメッチャ可愛い。

⑥170211 The EXO'rdium in 上海
アンフェアのときに目が合って笑い合うシュジュン。これが、この顔が、優しすぎるのです、、
そしてシウミンさんのお電話タイムでもシュジュン。(って考えると、去年の公演からお電話タイムでしゅじゅんあったか。探そう。)

こうして見ると、やっぱり我々がこんなに頻繁にモーメントを享受できることなど、前はなかったなあと思う。(それとも私のアンテナが鈍かっただけか...?)しかもシウミンさんからスホさんへの行動が多い気がする。あの事件をきっかけにして、やはりシウミンのなかでスホさんへの慈愛の気持ちがより大きくなったのだろうか。それも、意識的にというよりは無意識的・潜在的な慈愛の気持ちの高まりというふうに受け取れる。ただ人前では見せていなかっただけであって、以前から大事なメンバーに対するものとしての情愛を抱いていたに違いはないけれど。それにしても、こうして私達が確認することのできる次元で、ああいった瞬間が垣間見えることが増えた、ということは、間違いないのである。(前からアンテナ張ってればそんなことねえよって方がいらっしゃったらすみません...)

さっきシウミンさんの思いやりについて書いたけれど、シウミンさんの繊細さは、とてもいいなと思う。私、シウミンさんのそういうところが好きなんです。いつもみんなのことをよく見ていて、行き届いていて、プロ意識が半端じゃなくて、表立って引っ張るわけじゃないけど、一番、メンバー同士を強く繋いでくれている気がする。男らしい繊細さというのかな、しっかりと安心させてくれる、本当に大きな人だと思う。そんなシウミンさんと、スホさんという組み合わせ。シウミンさんはスホさんをどんな目で見ているのだろう、と、よく考える。それについて考えたことはだいたい上で述べたけれど、やっぱり事実は小説より奇なりと言われるように、妄想を軽々と超越していく(mama事件然り)彼らなので、私なぞの妄想は、きっと彼らの現実に到底及ばないことだろう。言葉では表しきれない何かがある気がする。

兎にも角にも、ふたりが仲良くしているのを見るのは、私にとって癒しであり、そして興奮材料である。おにいちゃんず絡んでるのかわいい。しかし可愛いだけではない。ふたりの絡みというのは、背景にあるお互いの微妙かつ繊細な心情が感じられて、とても物語的だと思う。リアルなふたりの友情とその影響によるFFの繁栄を、ひそかにお祈りしております…

HAPPY KAI DAY 2017

かなり遅くなっちゃったけど、カイくん、お誕生日おめでとうございます。

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私は、カイというアイドル、そしてキム・ジョンインという人間が、純粋に大好きです。

まず、お顔が凄く好き。きらめく丸い眼球を包むつるりとしたまぶたの淵。少し丸くて、その角度やスタイルの雰囲気によって優しくも獰猛にも変化する鼻のライン。ぽってり可愛らしい唇。しっかりと形のいい顎。つややかな黒い肌が、美しい。お顔全体を見た時、「やっぱりめっちゃ好き...!」と思うことが、最近多いのです。特に、目かな。表情も含めて、カイくんは本当に魅力的。キメ顔のニヤリとした顔も、心から笑った顔も、ぼーっとしている時の顔も、本当に好きなのです。そして、体のプロポーションが完璧。驚くほど短い上半身にすらりと長い手足と、きゅっと細い腰。よくぴっちりしたズボンを履いているところもとてもいい。はち切れんばかりに布を押し上げている太股が、とてもいい。もはやただ立ってるだけで震えるほど格好いい。いつ見ても嘆息するばかりです。

その体で踊るダンスは、まさに芸術。鳥肌が立つほど、感動する。どうやったら人間にそんな動きができるのかと思うほど素早い動き。絶対にぶれない軸を中心に、何かに取り憑かれたように、一瞬一瞬に命を懸け、身を削るように踊るその姿に、圧倒され、いつもハッとする。文字通り、「死ぬほど」格好いい。心臓が抉られるような衝撃を感じることもある。そして、そんなカイくんはやはり美しい。カイくんはいつ見ても、有無を言わさぬほど格好いい。

踊りだけではなく、舞台の上での体の使い方というのも、見ていて惚れ惚れする上手さ。思わずときめくのです。本当に思わず。ふとした時に、「あっ!」って心に矢が刺さるみたいな感じ。腐女子である自分の中で敢えてガチ恋枠第一位を決めるとしたら、たぶんカイくんになると思う、彼女いるけど(笑)。私は基本的にアイドルに自由に恋愛してほしいと思っているし、報道が出た後も、カイくんのことが変わらず大好きです。

そして、カイくんの歌声は、とっても甘い。私、カイくんの歌声が、本当に好きなのです。とにかく声質が凄く好み。いつもその声を聴く度に、カイくんの声はココアのようだな、と思っています。最近カイくん自身も歌に力を入れているようで、歌のパートが増えて、実は凄く嬉しいです。ラップの時の声も凄く好きだけどね。やっぱり歌だと、長く楽しめるし。

舞台の上ではさながら怪物のように踊るカイくんだけれど、ひとたび舞台を降りれば、その素顔はこれでもかというほど純粋なんですよね。胸に手を当てて、一生懸命に想いを伝える姿や、フロムスターのお手紙からは、彼は本当に心から純粋で、人を思いやる、情緒豊かな人なんだな、と感じられます。真っ直ぐで、飾らない性格で、意外と涙腺が緩くて、本が大好きで、踊りでも演技でも文章でも、表現することに長けていて。まだまだ子供っぽいところもあって、そんなところも愛しいし微笑ましい。

でもそれだけではない。カイくんが心の内に秘めた信念は、いつも熱く燃えているのでしょう。踊りに関して、いつまでも高いところにあるものを追求し続けるその情熱を、私は本当に尊敬します。カイくんが毎晩夜遅くまで熱心に練習している姿が、いつも私の頭の中にあります。そんな風に、一つを限界まで、いやそれ以上に追求できる人間になりたい、と思うのです。カイくんの雑誌のインタビューを読むのが、とても好きです。カイくんの考えを知れることが嬉しいし、ああこの人は本当に、「自分」を生きていて素敵だなあ、と感じることができて、自分も見習いたいと心から思う。

あと、カイくんの、人に接する時の距離感かな。とっても、いい。といっても、主にメンバーとかの親しい人の話だけれど。変に気遣わないし、本当に自然に、距離感が近い。人の話を聴く時に、じ...っとその人のほうを見つめるところとか、その話を聴いていて急にわっと笑い出す時の顔とか、何かを訴える時の子供のような顔とか、本当に好きです。練習生の頃は人見知りで友達もいなかったカイくんが、こんな風にメンバーと心から楽しそうにしているのを見ると、本当に嬉しくなります。

そんなカイくんを見ていると、自分まで自然にいられる気がするのです。

あと、やっぱりどう考えても、カイくんはスホさんのことが好きすぎるよね。ちょっと異常なくらいに好きだよね。どうして、スホさんが喋る時には必ずカドリル発動なの?どうして、自分がカメラに向けて喋る時でも、チラチラスホヒョンの様子を伺いながら喋るの...?(ありがとうございます)
ほんっとうに、心の拠り所感がすごい。そんなカイくんは、とっても愛しい。ああやはりカイスホは不滅であるなあと、カイくんの行動を見る度に思うのだから、やっぱりそれは間違ってないのでしょうね。これからも、たくさんスホさんに可愛がられて、たくさんスホさんを頼ってね。いつか本当に無人島に連れていけるといいね...!こちらはカイスホモーメントいつでもお待ちしておりますからね(カイスホに飢えた沼の民より)

書いてみたら、自分が自分で思ってたよりも私はカイくんが本当に大好きみたいです。何があろうと、私はカイくんのことが心の底から好きだし、ずっと応援しています。

一昨年から昨年にかけて、足を何回も怪我してしまったし、報道も出てしまい、本当に辛い思いをしたのでしょうね。報道の衝撃、そして治療中の怪我がやっと治ってきたのに、去年の7月、公演の途中で怪我をしてしまったことは、私の想像を絶するほどの苦難だったのでしょう。
あなたがどんな思いでいるのか、当時は気が気でありませんでした。あなたはこのことはSNSに流さないでと言ったようだけれど流れてきてしまった、レポがありましたね。EX'ACTのサイン会で、泣いてしまったというレポ。それを見て私は、ああやっぱりカイくんは辛かったんだろうなと、強く感じて心が痛みました。その後に出た雑誌のインタビューで「世界が終わったようだった」と語っていたから、本当の絶望に近いものを、カイくんはそのときに知ったのだろうと思います。それでも、あなたは強かった。周りにも助けてもらいながら、確実に立ち直っていったのですね。そして今、あなたはこうして私たちの前に立って、踊りを見せてくれる。本当に、ありがとうございます。あなたがいないステージは、やはりどこか物足りなく感じてしまっていたのです。復帰後初めて舞台に立った福岡公演から、完全体のEXOのステージを見ていくにつれて、あなたのいるステージがどんなに素晴らしいものだったのか、改めて思い出しました。やっぱり、EXOのセンターは、あなたなのだ、と。

きっとカイくんは、この一年でまた一回り成長できたことでしょう。これからも、怪我には気をつけて、めいっぱい踊って欲しいし、そのくしゃっとした笑顔を見ていたい。そして、ずっと格好いい姿を見せていて欲しいと思います。

2017.1.14
カイくんという宇宙の宝がこの世に誕生した、この尊き日。お誕生日おめでとうございます。
これからもカイくんが心から「へんぼっけ!」と言えますように。

Curtainを聴いて感じたこと

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思わず目を閉じて聴き入ってしまうような歌声だった。私の言葉では拙すぎて、この素晴らしさを表現しきれない。この歌を私なぞの余計な言葉で説明すること自体が無駄に思える。ただこの曲に耳を傾けていれば、言葉で説明しなくたってそれで十分なのである。しかし、それでも私はこのときの感覚を忘れたくないので、感じたことを書き留める。カーテンや駒、秒針というモチーフそのものについての考察は前回行ったので、今回は省略する。



こんなにも、澄み切って、純真無垢で、透き通っていて、綺麗な歌声がこの地球上にあっただなんて。

用事があって早起きせねばならず公開と同時に聴くことはできなかったが、朝4時に起きて、布団の中でこの曲を聴き終えて、改めてそう思った。涙が流れた。ほんとうに、ほんとうに、綺麗だった。

出だしは、静かに、優しく、儚く揺れる声が響く。少しかすれたこの声が、私の心を震わせるように、本当に感じる。胸の心臓の下あたりが、じん、と震える。まさに心の琴線に触れると言った感じである。今聴き返しても、この繊細なビブラートを聴いていると、わけもなく涙が出そうになる。

高音が続いていく。真っ直ぐに、伸びて広がる。スホさんの綺麗な高い声が、耳の中に流れてくる。心地よい。清水が流れるかのようだ。ただひたすらに透明なそれは、私の心に染み入って、一切を洗い流す。それでいて、ずっと聴き入っていると、息が苦しくなるような切なさが押し寄せる。その切なさこそが、美しい。

強く歌ったあとの、声が途切れる直前、息が抜ける時に一瞬だけ高くなる声が、艶やかで、瑞々しい。いつものことではあるが、今回はやはり特に、言葉ひとつひとつの発音が丁寧で、感情が滲み出るような声色である。サビでいえば、「のるたしぼるすいっするか」の「か」とか、「まちゅどんのれ」の「れ」とか、「curtain」の「tain」などがその例だ。この発音が、とてもいい。最後の音は全て、決して投げ出さず、包み込むような印象である。本当に、一語一語を大切に歌っているのだな、と感じる。

ファルセットは、今までも何度も思ったことであるが、言葉を失うほど美しい。体が宙に浮くような、天に昇るような感覚になるのである。これは本当に言葉では表現出来ない。

3サビでは、息が混じったかすれ声が哀愁を誘う。やはりここでも、思わず目を閉じてしまう。他に何も考えずに聴きたくなる。

何の雑念や、夾雑物のない、これ以上どう綺麗になれば良いのかという程の透明感だ。空気よりも透明に、それは私の中のすべてを覆い尽くす。

豪華に煌めく宝石というよりは、何の混合物もない純度100%の水晶のようである。太陽の光を受ければ、それは虹色の光の欠片を散らばらせる。何も無かった白い壁が、虹色に色付く。スホさんの声それ自体は磨き抜かれたプリズムで、その声が私に与える感情の世界は、虹色なのである。本当にさまざまの感情が私の中に生まれるのだ。

ああ、言葉が出ないほどの感動というのは、こういうものなのか。頭の中が澄み切って、余計なことは何も考えられない。

これほどまでに透き通る声は、どんな歌詞でも、美しくしてしまうだろう。どんな歌詞でも、心に深く染み込んで、感じさせるだろう。

これほどまでに、スホさんの声は、深く、私のこころに触れている。

うろ覚えだが、スホさんが何かのインタビューで、「小学生の時、あるドラマを見て、それに出いていた俳優のようになりたいと思った」というようなことを言っていた気がする。「何かを伝えられる人になりたい」という夢を、彼はそのときに抱いたのだろう。ああ、スホさんが、幼き頃に初めて抱いたであろうその夢は、今までにもたくさんの場所で叶えられてきたのだろうが、今回だけは、そのすべてと比べても、特別なのだ。今、ここで、その夢は、確実に体現されているのだ。その夢は、十分すぎるほど、私の、そしてこの歌を聴いたすべての人のこころに触れて、何かしらのものを感じさせて、大いに叶い得たのである。なんと喜ばしいことであろう。

これは、人混みの中とか、電車の中とか、そういう雑多な、俗物の多いところで、ぞんざいに聴けるものではない。一切の俗世間から離れて、周りにあるのは自然だけの場所で、自分以外に誰もいない、人工物の一切ない、真冬の、きんと空気の澄んだ星空の下で、深呼吸をしながら聴きたい曲だ。或いは、夜、人の少なくなった静かなカフェで。この歌だけのために意識のすべてを向けて聴きたい、そんな曲である。

そんな、神様の贈り物のような、宇宙の奇跡としか思えないような、スホさんの歌声だった。

画面の中のスホさんも、彫刻のように芸術的で美しい。僅かに顰めた眉が影を刻み、憂いを感じさせる。過去に愛した人を今もただ想い続ける心に、深く感じ入っているように見える。そんな風にして、美しい人が、美しい声で、美しいメロディーを歌っている。こんな陳腐な表現しか出来ないのが非常に悔やまれる。スホさんの尊さは、こんなものではない。

どうしたらいいのだろう。スホさんの尊さが、私には抱えきれない。自明のことではあるが、それでも敢えて言いたい。スホさんは、果てしなく、どこまでも尊いオールトの雲のその先の宇宙よりももっと果てしない。完全に私の、いや人類の処理可能領域を超えてしまっている。スホさんは、すべてを超越する存在である。



歌詞を調べて、また色々と考えた。作詞はスホさんではないと思われるが、私たちファン、あるいはスホさんの周りの人が描いているであろう「スホさん」の偶像を追求したような歌詞であるように感じた。純粋で一途でありながら、やはり孤独で、哀愁の色濃い愛の歌詞だ。この歌の風景には、「君」は「僕」のそばにいない。

これはやはり、彼の中のたくさんの「大切なもの」への思いとも取れるようであった。ファンに向けてという風にも取れる。そう捉えると、「このまま僕と一緒にいてくれる?」という部分が、スホさんの心の中で回り続ける駒を象徴しているのだろうか、などと思ってしまう。

またこの歌詞は、スホさん自身の、駆け出した頃の過去ともうその頃には戻れないほど変わってしまった現在という対比とも、もしかしたら取れるかもしれないと感じた。失ってしまったものへの、消えない愛。ひとりで想い続ける、孤独な愛。そのように考えると、顔をおおって泣きたくなる。

これを歌った時、彼はどんな気持ちだったのだろう。何を思って、歌ったのだろう。初めてのソロ曲だということに対する喜び、緊張感は想像できる。また、歌詞から感じられる想いを表現するために、その気持ちに傾倒しただろう。スホさんはそういう人だと思う。そうすると、やはりこの歌を、ただ単に歌った訳ではないのではないか、そんな風に思ってしまった。
しかし、スホさんの本当の心はこんなものだけではないだろう。スホさんの心の内には私なんぞには想像もつかぬほど、様々な思いがあるに違いない。ああ、やはり私は、限界があることを知っていながら、思いを馳せる。



曲調そのものについても考えた。始まりは静かに、心地よい穏やかさを持ったピアノの旋律から入る。しかし、歌が始まる直前、途端に暗い雰囲気になる。悲しさを表現するようなそれはサビ前まで続くが、「もう二度とないということ」の部分で、再び変調する。そこからのサビ部分は、希望の感じられるような雰囲気だ。その願いにあるのは、辛い感情というよりはむしろ純粋な希望なのではないかと感じさせてくれる曲調だと思った。曲の最後は、曲の最初と同じメロディだが、最初よりも1オクターブ上から始まって、優しく終わる。このとき、装飾感の強いきらびやかなピアノではなく、ただ真っ直ぐに終わるのだ。この終わり方が、とてもこの曲に合っていて、好ましく感じた。

この曲は、聴けば聴くほど好きになる曲である。インストゥルメンタルverも一緒に購入したのだが、買ってよかったと心から思った。この2曲をずっとリピートしていると、自分がこの曲をどんどん好きのなっていくのがわかった。しかし聴きすぎてこれが当たり前になってしまわぬように、感動が薄れてしまわぬように、大切に聴いていきたい。



MVに焦点を当ててみる。最後まで「会えるかな」「愛してると言えたら、一緒にいてくれる?」と言っている歌詞とはまた別のものとして、MVでは、最後に想い人と会うことができ、駒が転がり秒針も止まる。しかしそれは、終わりを意味するものではないと思う。

というのも、私はティーザーの時点では、駒や秒針といったモチーフから、かなりセンチメンタルになっていた。しかし、この歌を聴き終えたあと、ティーザーのときに感じたものとは少し違う感情を覚えたのだ。最後に駒が転がる場面は、私が案じたほど悲しいものではなく、あるべきところに落ち着いたというふうに受け取ることができた。だって、最後に彼は愛する人に会えたのだから。会えたところで、駒が止まり、秒針も止まるのである。ある人を忘れられず、ひとりで一途に思い続けてきた時間が、終わる。そこからは、また別の秒針が動き出し、彼はまた新しい駒を回すのかもしれない。何とも言いようのない安心感を、私はそのとき感じたのだった。


「華やかな舞台」、「孤独な愛」、「光と影」という曲紹介の言葉からも、様々なものが浮かび上がってくる。「華やかな舞台」が、彼のアイドルとしての姿を思い浮かばせ、「孤独な愛」は歌詞に表れているように、スホさんの中に潜在する孤独を感じさせる。「光と影」は、昨年のW Koreaのexoclusiveの特集の際に、スホさんのキーワードとして表紙に載ったものでもあった。輝いているのに、やはり何か暗いものを抱えていそうだという二面性は、私が取り立てて言うまでもなく、もうずっと前からスホさんのイメージとして多くの人に印象づいているのである。光と影。対立するはずのその二つは、スホさんという一人の人の中に、いつもある。こんなにも美しいアンビバレンスが、他にあろうか。



感じたことを気の向くままに綴ってみた。こんなにも美しい歌のすべてを表現することなどできないとはわかっていたが、案の定、無駄に長い上に総じて安直な考えしかできず、自分の無能さを思い知ることになった、「Curtain」の感想であった。この、果てしない尊さをどう表現したらよいのかわからず、非常にもどかしい。しかし、後悔はしていない。スホさんを想って言葉を綴るというのは、私にとってこの上なく幸せな時間なのだから。



記念すべき自身のソロ曲公開の瞬間を、スホさんはスイスで迎えたようだ。用事があったためスホさんがvliveをしていたことを知らず、帰りのバスの中で気づいてあわててリプレイを見た。let it goをBGMにして始まり、途中で音量を下げるという安定のエクチェルっぷりもさることながら、純白の雪山を背景にあの穏やかな表情でファンに語りかけるスホさんの姿が、あまりにも尊かった。とりあえずもう色々な感情が溢れ出して画面の前で口を抑えていた。背景の雪はスホさんの心の色なのだな、と勝手に納得した。「本当に、皆さんに捧げる歌です。」という言葉が、一番私の胸に訴えかけた。そんな言葉を聞いたら、止まったはずの涙がまた溢れ出してしまうではありませんか。ああ、これだからスホさんは、果てしないのだ...

スホさん。本当に、おめでとうございます。予想していた以上の感動に包まれて、今、私は天にも昇る心地です。あなたの歌声は必ずや、多くの人に感動を与え、その心に刻まれることでしょう。スホさんは、やはり奇跡の存在なのです。そんな奇跡の存在を、この目で、この耳で感じることができるということもまた、奇跡それ以外の何物でもないのです。
これからも、スホさんが素晴らしい道を歩めますように。これからもずっと、たくさん愛されますように。

スホさんとメンバー脱退について

この期に及んで、脱退に関して誰が悪いかなどという問いは、愚問である。多くの人にその責任が分散しているからだ。私は、ここで脱退したメンバーを責めるつもりはない。

それを大前提として、ここでは、メンバー脱退に対するスホさんの気持ちを、想像してみたいと思う。

スホさんはメンバーの脱退以前、「すべてのメンバーを1人残らず愛することが大切だ」と言っていた。
2015/10/12のTHE MOMENT講演会ではタオの脱退後初めて脱退騒動について触れ、「メンバーの脱退の時、リーダーとして喪失感が大きく、これ以上その人たちと一緒に活動できないということも悲しかった、みなさんとの''We are one''という約束が守れなくて申し訳ない」と言った。

We are oneという約束は、何度も破れ、その度にまた結ばれてきた。「We are oneという約束が守れなかった」のは、これが1回目ではないのだ。もしかしたらそれが、スホさんに「約束が守れなくて申し訳ない」と自ら言わせた要因かもしれない。おそらく、この言葉が本当の意味での「本心」なのではないかと思った。スホさんが脱退について自分から触れたのは、後にも先にも本当にこれ1回きりだけなのだ。

奇跡みたいに美しい人たちが、ひとりと欠けることなく一つになって愛し合っていたあの時期は、どんなに尊いことだったのかと思い知る。もうそれは今となっては夢で、幻想で、まぼろしだ。今見ている彼らですら、夢なのではないかと思ってしまう。あんなに美しかった彼らの時間、それはもう過去のこと、彼らが愛し合っていた時間、それはもう今はないもの。あの頃は、確かに存在した。でも今はもう、なくなってしまった。

これが、喪失感なのだろう。「喪失感」。スホさんがこの言葉を使ったのは一年前だったが、今もまだ、ほんの少しくらい、そんな感情になることがあるのではないか、と私は思ってしまう。きっと彼はいつも前を向いているから、日常に要らない感情はすぐに出てこないようにはしているだろう。「過ぎたことは忘れます」と言っていたように。でも、ふとしたとき、ほんの些細なことで、思い出してしまって、虚しくなったり、悲しくなったりすることがあるのではないだろうか。愛していたからこそ。

一方で、グローリーデイ上映に際してのインタビューにおいてだったと思うが、スホさんが「僕を怒らせた人は死ぬまで覚えています」と言っていたのを見て、戦慄した覚えがある。
これは完全に私の想像だが、それは、メンバーを脱退に追い込んだ関係者や、もしかすると脱退メンバー本人のことでもあるのかもしれない、と、私は考えてしまった。2014年5月のあの時、スホさんはクリスの行動に対して「事務所とメンバーに謝るべきだ」ときっぱり言ったが、今もそう思っているのか、それとも今はもう違うのか。
また別のインタビューでは「どんなに嫌な行動をする人でも、その人の立場になれば理解できる」とも言っていたので、結局私にはどちらなのかわからない。或いはどちらでもあるかもしれない。

しかし、スホさんは、彼らの進む道を応援していると、私は思う。それぞれが自分のしたいことをして、なりたいものになっていく様を、影から見て安心するのではないだろうか。時間とともに感情は薄れゆくものだから、そこまでの強い「喪失感」や「後悔」や「憤怒」といった負の感情を、スホさんはもう感じていないかも知れない。行ってしまったことを、完全に好意的に受け入れることはこの先もおそらくないのではないかと思う。しかしそれでも、応援しているのではないか。成功を願っているのではないか。僕らはここで頑張るから、お前らもそこで頑張れよ、やり切れよ、と。

この一連の出来事の中でのスホさんの在り方という点において、何よりも重要なのは、かつて「辛いほどお互いに相手の力になれる」「暗闇が深いほど星は輝く」と言ったように、彼はその困難にも怯まず、むしろそれを前向きに捉えて、この道を突き進んできたということなのだと思う。もちろん、困難はこの出来事だけではなかった。他にも様々な不幸があった。それらを含めて、そのときそのときの、困難に対するスホさんの生き方や姿勢は、やはりぶれない強さを持ったものだった。そうして生きていくスホさんは、あまりにも美しく高尚だ。これからも、何があろうと、きっとスホさんはそうやって進んでいくのだろう。

しかし私はそう感じるたび、心のどこかで、その美しさの裏には、どれだけの傷が隠されているのだろう、などと考えてしまう。だから、その気持ちを整理するためにこうしてこの記事を書いたのである。

これからも何があるか、本当に予想ができない。しかしせめて、これ以上彼らを打ちひしがれさせるような、これ以上暗闇が深くなるようなことは、起こらないでほしいと思う。どんなに願っても意味の無いことかも知れない。それでも、短い時間にあまりにも多くの傷を受けてしまった彼らだから、これからはただただ輝く道を歩んでほしいと、願わずにはいられない。

EXOの誇り、レイさん

実はEXOの一番重いものを背負っているのは、リーダーの次くらいにこの人なのではないかと思う。

レイさん。あなたのおかげで、EXOは高い人気を得られ続けているのだと思います。

起きてしまったことは、もう誰にもどうしようもないことです。少し前までは、中国ではEXOの悪いイメージがはびこっていたそうです。しかし、そのイメージをどうにかしようと、彼は長い間、ひとり中国で奮闘してきたのです。結果、多くの人が彼の格好よさやひたむきさ、可愛らしさに惹かれ、本物のEXOを知り、このイメージが払拭されつつあるのだそうです。彼には大きな野望があり、いつの日もそこから目をそらすことなく、弛まずに、どこにいても、誰といても、努力し続けるのです。

そうは言っても、EXOとして活動することがままならず、EXOのイメージと中国ファン獲得のために中国での怒涛のスケジュールをこなすことは、身を削られ心を引き裂かれるような思いなのかも知れません。実際に健康に支障をきたすほどなのです。ぽっかり空いてしまっただけでなく様々な爪痕を残していったあの不幸な出来事の傷を、これでもかと背負い込んで、彼は今も努力し続けているのでしょう。

その心中を語ることなど、凡人である私には到底許されないことでしょう。彼が何を考えて生きているのか。どんな思いで、毎日を過ごしているのか。EXOが大賞をとったのにその場にいられない時、彼はどんな気持ちになるのか。

いつか、彼らがどんなときも、心から笑いあって一緒に楽しい時を過ごせるように、どんな瞬間もその喜びを全員で感じることができるように、願うばかりです。

スホさんのカーテン

ついに、スホさんのデビュー後初のソロ曲が、SMTown Stationから、リリースされるようだ。タイトルは「Curtain」。
しかも、スホさんが終点。ああ、なんと、おめでたい。

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무대가 끝나고 커튼이 내려가도
舞台が終わってカーテンが降りても


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널 위한 노래는 계속 될 거니까
君のための歌は続くのだから


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Will you stay with me like that?
Singing under the curtain


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(画像cr:Vyral)

記念すべきスホさん初のオリジナルソロ曲は、ジャズピアニストのソン・ヨンジュさんとのコラボらしい。曲紹介のタグにエクチェル持ってきちゃう公式推す(vyral参照)。
華やかな舞台、孤独な愛、光と影...なぜこんなにもスホさんの本質ついてくるのか...公式のバカ...素晴らしすぎ...期待しかない...
2/3...スホさんの、初のフルソロ曲...ジャズピアノのポップバラードだそうだし、きっと素敵な歌なのだろう。

スホさんは、やはり何度見てもハッとするほど美しい...陶磁器のような肌、影を落とすきりっとした眉、すっと通る鼻筋、伏し目がちな目。こんなにも美しく、そして哀しい。
スホさんはいつもそうだ。いつも、どんな振る舞い、どんな歌、どんな作品にも、少しの切なさを残していく...この歌もそうなんだろうか。誰もが決して触れることの出来ないスホさんの中の孤独、輝かしい華やかな姿の裏の、暗い影...そんな哀しささえも、スホさんは嗜んでいるのかも知れない。

1年間、たくさんの先輩や仲間を乗せて走ってきた列車の、終点がスホさんなのだ。重いものだけれど、それは本当に素晴らしいものになると信じられる、スホさんだから、その終着駅の役が務まる。スホさんにはそれに値するだけの重みと信頼が、積もっている。だからこそ、期待されるし、それがまたスホさんに重くのしかかるのだろうけれど、スホさんはいつだって期待を裏切らない。私たちの星である。事務所も、満を持して出してきたという感じがある。どうだ、これが我らが誇るトップグループのリーダーだとでも言わんばかりに、いちばんのプライドを、まさにここで示している。スホさんにとってそれは、心が軋むほどの重荷なのかもしれないが、同時に、それこそ全身にほとばしるほどの喜びなのかもしれない、とも思う。

ジャケットにも、考えさせられる。駒というものは、いつかは必ず倒れるのだ。回っている間は、中心を軸にして空気の中に静止しているように見えるほど美しいのに、いつかは必ず失速し、バランスを崩し、ころりと転がるのだ。こんなにも大事なスホさんの初のソロ曲であるからには、きっと制作側も背筋が伸びる思いで、彼という人間の本質を突くような、「永遠のような無常」を、ひっそりと出してきたのではないか。
それはスホさんが常から心に案じていることであり、スホさんの心の中には、ひたすらに美しい駒がずっと回り続けているということを意味するのだろうか。いつか倒れ、転がり落ちることを知っていながら、彼は今もずっと美しいままそこに留まっているのだろうか。
曲紹介の文言やジャケットに見る限りでは、彼という人間が、「表裏一体のアンビバレンス」に抽象されることを、制作側もしっかりと感じているのだろうな、と強く感じられる。

カーテンそれ自体は、光を遮るもの。何かと何かを遮断するもの。内側にあるものを隠すもの。内側を寒さから守り暖かくするもの。カーテンの裏側が、スホさんの心の内なのだろうか。誰にも触れられない心の中であたためているのは、絶対に守りたいもの。大切なもの。隠したいもの。触れさせないもの。その中には死ぬまで見続けたい夢も、大切な人との思い出も、冷たく凍った傷口も、あるのかもしれないなどと考えるだけでも涙が滲む。

それがスホさんの、「孤独」でありはしないかと、いつまでも考え続けてしまう。彼は星の数ほどのファンに愛され、そして自分もそれだけ返すつもりで愛している。「愛し合おう」がスローガンである所以だ。メンバーはもちろん、スタッフやメンバーのご家族、支えてくれる人はすべて愛しているのだろう。本当にささいな日常の会話から、大きな決心を伴う場面、メンバー全員で力を合わせひとつになることの、想像を絶するほどの労苦と涙と思いやり、そしてその先の栄光まで、彼の世界は抱えきれないほどの愛に溢れた、輝かしく素晴らしいものであるはずなのである。
しかし、彼は「孤独だ」と、その口から、本物の心で歌ったのだ。なんと、透明に、澄み切った歌声だったことか。
充実しているはずの自分の生活であるのに、どうしてこんなに悲しいんだ。孤独なんだ、愛に溺れたくてたまらないんだ。
冷たい雨の水滴に濡れた窓のイメージを背景に、何かを貫くように芯の強い伸びやかさで、しかし柔らかく降り続く雨模様の空のように、ドームいっぱいに響き渡る歌声で、彼はそう、歌ったのだった。そのときのことを、彼は「気持ちよかった」と後に語った。先にも後にも、彼が自ら口にした「孤独」という言葉はその歌のみだった。もし話そうとしても、話すべきでない、あるいはとるに足りないとか、話すなど場違いであるなどと感じたことが、もしかしたらあったにかもしれないと思った。だからこそ、「心から本心で歌ったのは気持ちよかった」と感じたのではないか、と。

すべて思い通りになることの少ない、制約された生活。愛が溢れているとはいえ、その場所にいることは、何らかの不自由を伴うことには違いない。加えて、リーダーとしての責任感は、ほかの誰より重く彼にのしかかり、ますます自由は奪われる。輝かしい姿は、必ずその制約のうえに成り立っている。人一倍に強い彼は、必然的な制約も、そこで生じる不快感すら成功の糧だと言って、すべて飲み込んで、閉じ込めてしまうのかもしれない。心の奥に閉まって、カーテンをひいて、日頃は忘れたような振りをしているのかもしれない。
しかし、ふいに思い出すのだ。そして、身動きすら取れなくなっている自分の心の奥の存在に、嫌でも気付かされるのだ。そんな自分が、憐れで、寂しいものであることも、同時に感じるのかも知れない。そんな奥の奥のそのまた奥の、誰にも触れることの出来ない場所が、彼の「孤独」の正体なのではないか、などと、私は常から案じている。これは彼をみだりに苦しめなることはないが、黒く重い岩石のようにびくともしない心のわだかまりとなって、静かに彼の中に居座り続ける。静かすぎて存在を忘れてしまうほどなのである。しかし、彼はその静寂をも認識しているのだろう。そんな自分を、嘆くことも、ひけらかすようなこともなく、実はある種の心地よさをもって、大切に抱いているのかも知れない、などと思ったりもした。

大切に抱いたカーテンの裏側を、少しだけ覗かせてもらえる、これはそんな歌なのかも知れない。「愛する女性を想いながらカーテンの後ろで...とにかく、曲を聴けばわかります」という彼の言葉。皆まで言おうとはしなかった。きっと愛する女性はそのままの意味だけでなく、大切なもの、愛しているものすべてを象徴しているのではないかと思う。もちろん純粋に、彼の愛する女性に込められた思いがあると考えるのが妥当だろうが、どうも彼がそれだけを抱えているようには見えないのだ。本当にたくさんの、宝石のように輝く宝物たちから、傷ついてボロボロになった約束、体が軋むような期待まで、あらゆるものを彼は背負っている。あまりにも重くて、常人がそれを抱えることは全くもって不可能なほどであろう。カーテンの裏であたためているこれだけのものを、彼は大切に感じて、歌声に込めはしないかと、そう考える。
しかし、彼にとっての愛する女性が、それを上回るほどに大切なものだとしたら、その限りではない。それがどんなに素晴らしいことか、考えるまでもない。彼が心から愛する人がいるなら、それは彼の孤独を癒すかもしれないからである。彼と一番心の距離が近い人が、唯一彼のカーテンの中に入ることを許され、彼の本当の心に触れることができるのではないかと思う。メンバーとは別の意味で、彼の心の奥底に入り込める稀有な人間が、必ずや彼の心を、更に上の段階の充実へと導いてくれることを願っているし、そうでなければならない。だから、彼の愛する女性には多大なる期待を込めて心から願うのだ。絶対に、彼を離さないで、彼の本当の心を見つめ続けてくれますように、と。

ああ、どうか、どうか、その厚く黒く美しいカーテンの裏でも、表でも、彼が幸せであれますように。私にできるのは、ただこうして星に祈ることだけなのである。